#23-3.フィラデルフィアの冬

小谷 それで年末はいつもどおりMLA(Modern Language Association)の年次大会で、今年はフィラデルフィアでしたけど、意外に楽しかったですね。寒いし、忙しかったし、前回一回行ってるしで、わりに冷静に臨んだんですけど。
 まず、到着したのが12月25日(土)、つまりクリスマスに成田を発って、クリスマスを再びフィラデルフィアで迎えた、というわけですね。そのときの日記はこうです。

12月25日(土)
 フィラデルフィアに到着する。超寒い。零下八度なんだけど、風が吹くとさらに寒くて凍ってます。しかし、今回は重装備(レッグウォーマー、タイツ、毛糸のパンツ、腹巻、手袋、襟巻き、フェイク・ファーの帽子、とっくりセーターにフリースの上着、あとダウンジャケット)なので、大丈夫! やっぱ腹巻きは二枚だね。クリスマスなので、レストランはどこもやっていない……ように見えたので、宿泊先のマリオット・ホテルのインフォに頼んで、観光客向けのシーフード・レストラン「マコーミック&シミック」を紹介してもらい、白ワインに生牡蠣で一杯。って冬はどこへいってもこればっか。いいかげんA型肝炎になってもよさそうなのだが、まだ無事だ。


 「マコーミック&シミック」はアイリッシュ系の心あたたまる店でしたね。大学のVISAカードで支払ったら、ウェイターのひとりが「ここの大学で理工学部の博士課程に通ってるんだけど、ボクの分野では慶應は世界的にも有名で」と話しかけてきたのにはびっくり。フィラデルフィアのレストランには、博士課程の女子大学院生ばかりがウェイトレスやってる店もあるって聞いたけど。

小谷 うん、あの店はそれ以後、デューク大学出版局との打ち合わせでも使ったし、すっかり常連になっちゃいましたね。それで翌日の日記。

12月26日(日)
 まだオフ日。カトリック信者の教授といっしょにミサへ。すんげー豪華なカトリック教会、聖ペテロ&聖パウロ大聖堂へ行き、きょろきょろしていたら、建築ファンのおっさんにはなしかけられ、椿山荘の近くに丹下健三の建築したカトリック関口教会(カテドラル大聖堂)のこととか、いろいろと聞かれた。親日家みたい。
 そのあと、自然科学博物館へ行って、きょろきょろしていたら、東京のアシスタントさんから携帯メールが入る。そうでした。海外でも使えるヴォーダフォンに代えたのでした。いろいろとやりとりできて超楽しい。でもよく考えたら、東京は明け方の三時頃。それに国際電話料金なのだった(^^;)。
 夜、タクシーを飛ばして、人気の寿司屋「ヒカリ」へ。なにロールだったか忘れたが意外に普通。美味い! 普通ではないのは、ウェイトレスさんたちの恰好だった。真冬なのに、浴衣。それに足袋を履いている(?)。日本人みたいだけど日本語もダメやんちゃな刺青もいれていた。
 オー、そうだった。そこはアメリカなのだった。


 自然科学博物館に行ったのは、2004年がメリウェザー・ルイス&ウィリアム・クラークのアメリカ西部探検200周年にあたっていて、それを記念する特集展示をやってたからですね。この西部探検は、前年にフランスからルイジアナを購入したばかりのジェファソン大統領の決断で実行されたわけで、アメリカの領土拡張史上たいへん大きな意味を持っているんですが、小谷さんは、ルイス&クラークが利用したインディアン女性サカガウェアにずいぶん思いいれがあったみたいで。

小谷 だって、インディアンから馬買ったりする交渉に必要だからって、通訳兼案内係でナンパしといて、そのあとポイでしょ。ひどいオトコどもよね〜。女を道具扱いするなと言いたい。もっとも、彼女の方も、白人男性を「使った」だけなのかもしれないけどね。でも、ルイスとクラークが作った地図がもとで、白人がわっと入ってきて、原住民を虐殺していったんだから、その後の歴史を考えると、ふたりの罪は相当重いと思うなあ。
 それじゃ、残りのMLA日記をぜんぶまとめると―。

12月27日(月)
 午後からMLA。この学会は、日本語にすると「近現代語学文学会」とか言うらしい。
 先生、めちゃくちゃはりきっている。わたしはネットで遊んでいる。
 本屋にいって、フィラデルフィア・ゴーストストーリーを立ち読みする。南北戦争の幽霊がたくさんいるんだな。作家も化けて出るらしい。
 夕食は、デューク大学出版局の編集者と三人で例のシーフード・レストラン。白ワインに生牡蠣で、一杯。いろいろな企画といろいろなうわさ話ではずむ。

12月28日(火)
 終日MLA。先生、かけまわっている。わたしは人目をぬすんで原稿を書いている。
 昼にトニ・モリスン、ガヤトリ・スピヴァック・レイ・チョウらのパネルがあったので、見物に。登壇予定のジュディス・バトラーはドタキャン。期せずして有色人、少数派の女性たちばかりとなったが、英語圏で文学研究・教育することの苦闘を語る。
 英語と自国語、その狭間の人たちのお話だ。アンチ英語帝国主義の政治集会みたいでエキサイトする。英米人以外にSFはわからないと罵倒され、一言も言い返せなかったむかしのワールドコンのことなどを思い出すなあ(当時のわたしは、ホントーのサバルタンだった)。
 夜、大串尚代さんプロデュースの巽ゼミ宴会へ。フランス料理で一杯。ネヴァダ大学リノ校留学中の波戸岡景太君たちも、中垣恒太郎君も、永野文香さんもいる。いろいろな話題が飛び交う。プロヴィデンス在住の大串さんは、白いふわふわの毛皮のハーフコートを着ていてお人形さんみたいにかわいい。メシもうまくて最高。酔っぱらって世迷い言をいろいろ言ってしまう。記憶も曖昧だ。いやこれはいつものことだった。

12月29日(水)
 終日MLA。朝八時半から夜十時半までパネル。午前中SFRAのパネル。発表内容はナロ・ホプキンスンやオクテイヴィア・バトラー、サミュエル・ディレイニー論など。なぜか、こちらも有色人系SFでまとめられている。司会は、以前、来日して田町駅前の森永で落ち合ったフレドリック・ジェイムソンに同行していたジェイムソンの親友、トロント大学教授のピーター・フィッティング。
 客席にはなんとチップ・ディレイニー本人がいて、久々に再会。すごく元気そう。
 マーリーン・バーもいた。作家デビューもして、すっごくご機嫌そう。
 夜、デューク大学でお世話になった依田富子先生とともに中華。さまざまなトピックとうわさ話で盛り上がる……って、こればっか。
 夜中、東京学芸大学助教授の舌津智之さんによる日本の歌謡曲アメリカ黒人音楽の比較研究発表を聞いた直後、MLA本部スタッフ主催のナイトキャップパーティーへ。ナイトキャップをかぶっていかないといけないのではないかと真剣になやんでいたら、寝る前にいっぱいやろうという意味であった。いや〜、ナイトキャップのかわりにパンティーをかぶって行かなくて、ほんとーによかった(笑)

12月30日(木)
 MLA最終日。早朝一限(?)のアニメパネルを見物に。三者三様のおたくの兄ちゃん学者が新世紀エヴァンゲリオン宮崎駿について語っている。エヴァおた兄ちゃん学者は、なんだか東浩紀さん顔。場内は満席だ。隔世の感がありますね。
 午後から大串さんと三人でフィラデルフィア美術館へ。デュシャンの「大ガラス」を見物に。が、場所がなかなかわからず、うろうろ。途中ドガパステル画に感動。ホンモノ見たのは初めてだしね。
 ところで、「大ガラス」の正しいタイトルは「彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも」などと長すぎるのであった。これではタイヘンなのでわれわれで勝手に「さえも」と渾名して、うろうろしながら、「"さえも"は、あったか」「"さえも"は、どこだ」「"さえも"」「"さえも"」などと呼び交わしたことであった。やっと見つけたら、それはどう見ても、車にぶつけられてこわれたショーウィンドーとしか見えないシロモノ、さすがはデュシャン、わけわかんねえよ。混乱していると、先生が高邁なレクチャーをしてくれる。大串さんといっしょに神妙に聞く。
 夕刻、大串さんや一橋大学助教授の新田啓子さんたちと「ハードロック・カフェ」でお茶していると、とつぜんYMCAが流れて、ウェイトレスさんたちに一緒に踊るよう強要され、つい踊ってしまう。ノリやすい自分がにくいぜ。
 夜、カリフォルニア大学バークレー校教授のメルヴィル学者サミュエル・オッター、キャヴァリー・キャリー夫妻と、エスニック系でメシ。ゴーストストーリーの話をしていたら、ツァーがあるよと教えられる。ほんとーに幽霊を見に行くのかと仰天してたら、現場を見に行くだけらしい。なーんだ。でも見に行きたい。


 デュシャンの実物はねえ、わたしも初めてだったんですよ。2001年の夏、9.11同時多発テロが起こる直前に訪れたフィラデルフィアでは、わたしはむしろチャールズ・ウィルソン・ピール一家やアンドルー・ワイエス一家にのめりこんでいて、電車やバスなどふつうの交通機関では行けないブランディワインリヴァー美術館へ、レンタカー借りてイラストレーターの田中光さんらとくりだしたものですが、そのときにはすっかり忘れていたんです、デュシャンがこの町にあるのを。かつて『ニューヨークの世紀末』(筑摩書房、1995年)ではクイア・リーディングの実践を意図してメルヴィル文学と「大ガラス」の関わりを扱い、これは芸術作品とやおいの関係ということで、かの<JUNE>で福本直美さんに絶賛していただいたというのに。

小谷 この日でMLAはおしまい、大串さんもプロヴィデンスへ帰ってしまったので、翌日12月 31日(金)は巽ゼミの博士課程院生・永野文香さんに、まる一日、遊んでいただいたのでした。まずは南北戦争ミュージアムへ行きましたよね。幽霊が出そうだった。いやいたかもネ。近視だから、よく見えなかっただけかも(笑)。

 ふつうに考えると、いったいどうしてフィラデルフィア南北戦争を記念するの?と思うかもしれませんが、かの有名なリンカーン大統領の演説がなされたゲティスバーグペンシルヴェニア州なんですね。だからずいぶん、リンカーンを中心に充実したコレクションでした。歴史的資料も図書館もぎっしりで。

小谷 それにしても、ノースキャロライナといい、フィラデルフィアといい、南北戦争って、けっこう米国にとっては大きかったんですね。そういや幕末と同時期……なーんて、新撰組オダギリジョーのことなどを思い出したもんです(笑)。

 わたしの2004年度ベストのひとつは、新人マシュー・パールがかの文豪ロングフェローらのダンテ『神曲』翻訳をめぐる模倣犯事件を扱った傑作長篇『ダンテ・クラブ』なんですが、そこでも南北戦争が落としどころになってて、感銘を受けました。アメリカ史を知っていればいるほど奥行きが立体的に深まるおもしろい小説で、そこがダン・ブラウンのやや直線的な『ダ・ヴィンチ・コード』とのちがいでしょうか。

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 そのあとは、いちどは足を運ばなければ、ということでフィラデルフィアの原宿、いや裏原宿と呼ばれているサウスストリートへ向かいましたね。

小谷 まず目に付いた、ジッパーヘッドという名前のゴス・ファッション店になだれこみました。さんざん悩んだあげく、エッチでハデハデなお洋服を買っちゃった。はっ、しかしこいつをどこへ着ていったらいいのか(SF大会?、ちょっとちがいますネ)。うーむ。帰国したら、高柳カヨ子さんに相談しよっと思いました。
 晩メシは、料理の鉄人として知られるモリモト氏のレストランへ。といっても実はわたし料理の鉄人ってあんまり見たことがなかったんで、モリモトと言われてもよくわからなくて……(笑)、スマスマならわかるんですけど。で、いろいろ永野さんからレクチャーされました(笑)。いろいろオードブルも頼んだけど、やっぱ大晦日なので、そばよね〜ということになって、メインデッシュは稲庭うどん。たしかに美味いし、盛りつけがきれい。しっかし、日本ではとっくにすたれたようなバブリーなお店なのに、場内は満席。さすが大晦日のにぎわいでした。