#17-3 マディソン2003年春

小谷:なるほどー。そういえば、5月には教授は学会シーズンで、とくにスタインベック協会の特別講演のために資料をさがしまくってたいへんだったんだよね。わたしはというと、かれこれ7年ぶりになるのかなあ、とつぜん思い立って、フェミニズムSF大会で有名なウィスコンシン州マディソンでの年次SF大会(ウィスコン)に行って来ました。

:ちょうどそのとき、モントリオールはマッギル大学の日本文学者で平安朝の専門家であるトマス・ラマール氏が、東京に滞在してたんですね。3月には中央公論新社から『現代日本のアニメ』が出たテキサス大学教授スーザン・ネイピアも来日してウェストで網状言論のメンバー中心の歓迎会もやったし。かと思ったら、こんどノースキャロライナ大学に正式就職が決まったサイボーグ日本学者マーク・ドリスコルが国際交流基金を得て半年の予定で来日している。最近の日本学者は、日本人以上に日本文化に詳しいような気がするんですけど(笑)。

小谷:ほんと、トムは完全にアニメおたくになっていて、知らない作品もいっぱい教えてくれるので、もうびっくり。夢枕獏さんの大ファンなのよ。いつも六本木の国際文化会館が定宿なんだけど、こんど六本木ヒルズができたから、そこのTSUTAYAに入り浸ってたらしい。トムからいろいろな事情を聞いてなるほどと思いましたが、カナダは、文化的なことにちゃんと予算がおりるところなんですね。だから、研究者も作家も安心していい仕事にうちこめる。カナダは、今全世界的にみても、文化的な差がどんどん突出していると思います。ちょっふりかえっても、ウィリアム・ギブスンマーガレット・アトウッド、ヒロミ・ゴトー、キャンダス・ドーシイ、ロバート・ソウヤー、エリザベス・ボナバーグ。ちょっといいなと思う作家はみんなカナダ人。

:何といっても、『赤毛のアン』のルーチー・モンゴメリの国だもんね。そういえば、ギブスンは今年出た最新長篇の『パターン認識』の中で、日本人には赤毛のアン信仰がある、という俗説を導入してるんだけど(パトナム版150-51ページ)、あれはどうみても、マイケル・キージングの傑作短篇「赤毛のアンナちゃん」経由だと思う。

小谷フェミニズムSFのメッカといわれているSF大会ウィスコンでもカナダから気骨のフェミニスト作家がきていましたよ。今年は27回目、5月22日(木曜日)から26日(月曜日)まで開催されました。で、今年の大会主賓は、キャロル・エムシュウィラーとチャイナ・ミーヴィル。スペシャル・ゲストでアーシュラ・K・ル・グィンも出席。メンツがすごいんで、圧倒されました。おまけにみんな反戦派。アメリカ批判をどうどうと展開しているんだよね。
 エムシュウィラーは今年82歳。夫でイラストレーターのエドが90年になくなってから、いきなり大車輪の活躍を始めた凄いひと。70歳から長篇もバンバン書いて大活躍。ル・グィンは、今年たしか74歳。反戦デモに行き、ブッシュに抗議文も送るバリバリの現役ラディカル・フェミニスト。つい最近、アルゼンチンの作家アンヘリカ・ゴロディッシェーの作品に大感動してスペイン語を勉強し、翻訳までしてしまった。アンヘリカは、ル・グィンと同い年でやっぱりウィスコンに来ていて、もーすごい元気。元気のひけつは、SFでね。ああいうふうに年をとりたいものです。 

:あのときは、わたしやジェンダーSF研のメーリングリストのためには実況中継してくれて、大いに楽しかったんですけど、あれだけじゃもったいないから、ここでもちょっぴりご報告を。

小谷:では、ここらで、モードをきりかえて…(笑)『ウィスコン27・アフターレポート』を。
 今回は例年より100名ほど多くて700人くらいが終結ル・グィン人気だと思う。先日行われたネビュラ賞授賞式ではル・グィンが来れなくて、みんながっくり。それを惜しんで原寸大のアーシュラお面をつけた人々があふれていたそうです(<ローカス>誌に証拠写真あり)。そのリベンジというわけですね。
 大会前日、木曜日は午後六時半から近くのウィメンズ・プックショップ、OF HER OWN ROOMS (ヴァージニア・ウルフの著作から付けられた名前)でレセプションがあり、エイミー・トムソン、パット・マーフィ、キャロル・エムシュウィラージーン・ゴモル、ジャスティン・ラーバレスティア、スージー・マッキー・チャーナス、デリア・シャーマン、マーリーン・バーという人々がはやくも集まってました。
 レセプションはすぐ終わったので、ホテルに帰って寝ようと思ったら、パットからお茶でも飲もうと言われ、コンコースホテルへ。そのままパーティをやろうとか言われ早くももりあがってましたが、わたしは、時差ぼけで脳が動かなくなってきたんで、中座でパス。ウィスコン第一日目。いろいろ本屋も来ていて、ジェンダー系のものも多いので、盛大にお買い物をしつつ(コミケのような買い物をしたんで大変でした、重い!)いそいでオープニングに駆けつけ、オープニング用素人芝居を見ました。あいかわらず、セリフが覚えられないので、みんな台本片手。楽しかったです。
 会場にはゲストも来ていて、何と伝説のジェフ・スミスとその奥さんのアンと知り合いましたね。ジェフ・スミスは、ティプトリーの遺著管理人なのです。ふたりともティプトリーの家に行ったんだよね。
 あとは、夜パネルをふたつほどみて、パーティをのぞいて帰ってきました。そうそう。ちょっとのぞいた「SFとしてのアメリカの政治学」でなにげなく写真を撮ったらいきなり、「撮影禁止!」と言われてしまった。今のご時世があぶない、というのは、ホントみたいですね。ファシスト国家になりつつあるアメリカをかいま見た感じです。健全な批判精神が残っているのは、やっぱSFなのね(と、SFナショナリズムに傾いたり)。
 二日目は、朝一で、エムシュウィラーとル・グィンの対談。元気出た!
 そのあと、チャイナ・ミーヴィルを紹介してもらったり、なんだか知らないけど、うろうろしているテッド・チャンを見かけたり、シュゼット・ヘイドン・エルジンとテクハラ裁判のことなど話したり。そうそう。SF界随一のセクシー男と言われている、かっちょいいチャイナは、インテリでハンサムでもーどーしよーもないほどモテモテなのだそうですが、この人二度ほどいっしょにご飯を食べに行ったら(ってSF大会だからみんなでどとどーっと集団で流れていったという意味ですが)、はげしいベジタリアンでした。みんながお寿司食べているときに、きつねうどんを食べていた。ちなみにダシは、カツオではなく昆布だった (念のため)。
 最終日のお昼は、キャンダス・ドーシイと、プロードユニヴァース・オーガニゼーションという女性SF専用ウェブページ( http:www.broaduniverse.org  )を主催しているエイミー・ハンセン、ヒロミ・ゴドー、Fox WOMANというジャパネスクSFを書いているキジ・ジョンソンさんたちとみんなで、ネパール料理を食べに行き、このときもテクハラ裁判の話で盛り上がりましたね〜。男どものあれこれに関して腹に据えかねているのは、海外も日本も変わらないらしい(笑)。
 ヒロミ・ゴトーさんとキジ・ジョンソンさんは、個別にこの秋、来日されるとのこと。ヒロミ・ゴトーさんは、明治学院大学で開催されるシンポジウムに招待されているそうです。小柄ですごく感じのよい方でした。片言の日本語は話せるのですが、読み書きはわからないといってました。キジさんは、次の御著書の取材のために日本にこられるそうです。
 日本にいるあいだは、やっばし西洋のものにエキゾチズムが集中するのですが、向こうに行っていると、日本をはじめとするエスニック系の魅力が目に付きます。日本人が西洋を経由した日本(ジャポニズム)を再発見する、というわけで、けっこう倒錯しているのですけれども、しかしこれって、日本の伝統に帰依すると言うより、ハイブリッド感覚が気持ちいいってことなんでしょう。てなわけであとは、アンヘリカのスピーチを聴いたり、エスニックSFのパネルや、やおいパネルディスカッションを覗いたり。
 その晩には邦訳『ファンタジー文学入門』(大修館書店)でおなじみのブライアン・アトベリー氏の新著『SFにおけるジェンダー分析』Decoding Gender in Science Fictionの出版記念会が開催されて、もうゴッタ煮状態、呑んで騒いで語り倒してきました。
 情報と言い、本といい、ネットワークと言い、やっぱウィスコンは、別天地ですね。あ、そうだ。翌日空港で飛行機を待っていたら、ブライアン・アトベリー氏とばったり。同じ飛行機だった(笑)。ブライアンは酒臭くなかったけど、しかし、話を聞くと三時過ぎまで呑んでいたとか。

 ――というわけで、ウィスコン裏話でした。表の話は、<SFマガジン>のほうでレポートします。ぜひ、違いに驚いてあれこれ想像してください(笑)。

:お疲れさま。そういえば、むこうでは『マトリックス・リローデッド』の話題も出ていたんでしょ。

小谷:うん、みんなから「時間があれば、みたら?」と言われたんだけど、時間ギレで見れなかったなあ。

:評判はどうだったの。

小谷:ん〜。まあまあだけど、観たほうがいいよ〜て薦められたね。帰国して観てみたら、わたし的には『ザ・コア』のほうが、『ミクロの決死圏』みたいでおもしろかったけどね。セックスもアクションもないうえに、科学的にはありえない、ツッコミどころ満載だけど、でも、『地底世界ペルシダー』くらい、いい感じ。むかしのSFのよさみたいなものがあるしね。地球物理学の本を読みたくなった(笑)。科学的な世界ってこんなに魅力的なんだと思わせる「魅惑の魔法」がかかっている話だね。