#13 いまなぜ出雲で

cpamonthly2002-08-06

巽孝之  7月2週目の週末は、ほんと久々というか、ほぼ22年ぶりの出雲行きで、なつかしい思いをしました。あれはたしか1980年ころじゃなかったかと思いますけど、日本アメリカ文学会の全国大会が島根大学で開かれたんですね。そのときのパネルのテーマがほかならぬメルヴィルで、司会が酒本雅之、パネリストが島田太郎平石貴樹千石英世という豪華な顔ぶれだったのを覚えています。あのときは千石さんも新進気鋭という感じで、まさか『白鯨』全訳に挑むとは思わなかったな。平石さんもまだすばる文学賞受賞までには間があるはずで、新本格ミステリの元祖にはなっていなかったし。
 20年余りという時間はまったくすごいものです。こんどはSF大会で来ることになるなんて、想像もしなかった。まあ、それを言ったら、最近では大阪大学ハインラインを主題に博士号請求論文を書いてる逸材がいますし、昨年なんか、大阪市立大学で集中講義をやったとき、ギブスンで修論書いてる純然たる海外 SFファンに出くわしたりするんだから、まったく時代は変わったというか。
でも今回は、小泉八雲記念館でもゆっくりできて、いろんな意味で収穫でした。

小谷真理 7月12日金曜日の早朝の飛行機で行ったんですが、やっぱりSF大会前夜というのは、いろいろ忙しくて、ぜんぜん眠れてなかったですね。でも、生まれて初めての山陰、生まれて初めての松江。けっこう興奮しましたね。
初日は、松江観光。教授は、小泉八雲の取材も兼ねてたから、あそこはけっこう熱心に見てましたね。八雲関係で面白かったのは、八雲の住んでいた家の窓ガラス。古いから景色が歪んで見えて…。今ああいうガラスはないから、珍しかった(笑)。八雲ってアイルランドギリシャ人で、ニューオーリンズヴードゥー・クィーンにインタビューしたことのある新聞記者って話は、前に教授の論考で読んでいたのですが、この経歴って、よっくよく考えてみれば、アン・ライスの『魔女の刻』(笑)。しかも海外へのジャパニーズ・ゴースト・ストーリーの紹介者。個人的にはSF大会の幕開けにふさわしい観光になりました。出雲ってSFが憑いてるぅー。土産物屋には、勾玉売ってるしね(笑)。武家屋敷と松江城にいけば、『鬼武者』みたいだしね(笑)。

 そうそうそれでね、今回、八雲邸から松江城まで歩いて登って、ひとつひらめいたことがあるんですよ。そもそも松江駅のステーションビルに「ニューオーリンズ・ウォーク」なる商店街があるところなんかはご愛嬌だと思ってたんですが、松江城のすぐ脇に建ってる博物館ね、あの建築は明らかに南部というかニューオーリンズ様式でしょう。バーボン・ストリートによくあるみたいな、ね。物凄いミスマッチの迫力なんですが、びっくりしたのはそれだけじゃない。
 そこへ入ってみたら、松江出身の名士たちが肖像画つきで麗々しく紹介されているのはまあよくわかるんですけど、何と十九世紀からの電話の歴史を、実物教授つきでやってる陳列棚があってね。そう、1876年のベル作成の一号機から21世紀現在のケータイまでが、ずらりとガラスケースに並んでるの。そこで思ったのが、わたしはたしかに、ラフカディオ・ハーンすなわち小泉八雲ヴードゥー取材と怪談執筆は同じように超自然を合理化する精神構造のなせるわざだと思ってたんですが、目が悪くて耳に頼り、しかも敏腕記者として活躍していた彼のことですから、ひょっとしたら、これはメンタリティじゃなくて、通信機器の発展をふまえたテクノロジーの問題ではないかと。テクノロジーが発展したので、遠隔地の人間はもちろん超自然的存在とも交信できると自信が生まれたんじゃないか、というこれは仮説なんですけれども。

小谷 そのテーマって、ここんとこマーク・トウェイン研究でやってたあれね。

  ええ、マーク・トウェインラフカディオ・ハーン、それからトマス・エジソンがすべて世紀転換期を生きたまったくの同時代人だということは、文学思想史と技術文化史双方にとって大事じゃないかと思うんですよ。つまり、電信テクノロジーの進展のおかげで「目に見えない力」をテコに「距離の克服」が可能になるという信念を、彼らは共有していたわけですからね。目に見えない力がそれまで不可能だったことを可能にするのであれば、そこに横たわっている距離が「太平洋」を隔てていようと「生死」を隔てていようと、変わりはなかったんじゃないかな。帰京して永瀬唯に言ったら、彼もそういう研究は読んだことないらしい。「ハーンが記者時代に使った電話の機種を調べないと」とかなんとか、わめいてたけど。

小谷 そういえば、八雲記念館で売ってた八雲会が発行してる雑誌、すごいね。<へるん>て学術誌なの、あれ? とにかく小泉八雲に関連した情報なら何でもかんでも集めていて、その38号(2001年)には、なんと井上雅彦編集の異形コレクション『雪女のキス』(光文社)の3ページにおよぶ長文書評まで載っている!中井紀夫さんから久美沙織さん、菅浩江さん、加門七海さん、皆川博子さん、宮部みゆきさんに至るまで、収録作家の作品分析をひとつひとつていねいにやってるの。お膝元の<SFマガジン>や<幻想文学>では、まず考えられない。字数たりないからね。
 それから、島根県立美術館の見学もよかった。これ、教授の父方のお祖母さんの肖像画を描いた画家さんの関係ですね?

 わたしの祖父母一家が世紀転換期にロンドンで暮らしていたとき、懇意にしていた石橋和訓画伯が島根出身なので、ここにはその作品群が集められいて、つい最近、ロンドン経由で祖母の肖像写真が出て来たため、美術館から連絡を受けたわけです。いまメルヴィルで博士論文書いてる大和田俊之君のお父さんがロンドン勤務で、たまたまこの肖像写真にめぐりあったのが縁。それで昨年以来、目下、石橋画伯の伝記を執筆中の同美術館学芸員である真住貴子さんとやりとりがあったんですが、今回せっかく松江へ行くので、初めてお会いすることになり、すっかりお世話になってしまいました。とっても広くて、宍道湖畔に夕陽が映える素晴らしい美術館でしたね。

小谷 松江の思い出といえば、あとは、うまいメシー。ガイドブック探して掘りあてたのが、「川京」って店だったんですが、まーこれが至れり尽くせりの大当たりでねえ。おろちで一杯やりながらのウナギのたたきやシジミ炒めも美味だったけど、いちばん凝ってたのはスズキの奉書焼きかなあ。漁師の食べ物だったものを松平不昧公に献上するときに、失礼に当たらないように奉書に包んだのが始まりらしいんだけど、この包みの香りが絶品なの。

 カウンター席中心でちょっとせまいけど、ご主人も女将さんも気さくな人たちで、話がはずみましたね。びっくりしたのは、川京での会話をもとにしたのが、作家の内海隆一郎の短編集『鰻のたたき』(光文社文庫)の表題作で、テレビ化もされてるって話。ご主人役が小林稔持で、女将さん役が八千草薫だったとか。

小谷 その場で文庫を回してくれたんで読んだんだけど、これがなかなか「一杯のかけそば」みたいで泣かせる人情噺なのね。松江に単身赴任経験のあるサラリーマンが亡くなったあと、その妻と娘が川京(小説内では「川郷」)へ訪ねてくる。じつはサラリーマンには別の顔があったのに、川京のご主人はそれを隠し通して、遺族に対しては絶妙の対応をするの。「いくら(お客と)親しくなったって、おれたちの商売には、必ず別れが付いてまわるんだから」て台詞でシメ。教授、かなり突っ込んで訊いてたよね。

 どこまでほんとなのかな、と思ったし。単身赴任の悲劇に辟易して「鰻のタタキをメニューから外す」なんてくだりは、この店の看板にも関わるでしょ。ところがじっさいには、ちゃあんと鰻のタタキが自慢料理で残っている。これ食べなきゃ帰さないって感じ。案の定、大半は内海さんが作り込んだ物語みたい。でもあの店に入ったことがあるかどうかで、ずいぶん印象が違ってくるのはたしか。
 そういえば内海さんにはつい最近、テレビの収録でじかに会ったんですって?

小谷 このあいだ、児玉清さんが司会するBS2「週刊ブックレビュー」(7/28放映)でご一緒したのですが、やさしい方でしたね。あとは、しりあがり寿さんとか。

 それでようやく翌日の土曜日、第41回日本SF大会ゆーこん会場である玉造温泉へ移るわけですけど、今回、小谷さんは「センス・オヴ・ジェンダー大賞」第一回を立ち上げるので、たいへんだったんでしょ。

小谷 それもあって、SF大会忙しかったですねぇ?。教授も菊池誠東浩紀牧眞司、それに今回大活躍の瀧川仁子といった面々とパネル「なぜ今サイバーパンク、しかも出雲で」をやったりしてたけど、こっちもひかわ玲子さんや五代ゆうさんと一緒の指輪物語の企画とともに、ジェンダーSF研の企画があってね。もとはといえば、ここ数年のアメリカ・ファンダムとのつきあいのうちで、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア賞の日本版を作らないか、と提案されたのがきっかけです。作家のキャンダス・ドーシー、評論家のデビー・ノトキン、写真家のローリー・エディスンたちと話し合った結果、日本にもそろそろそういう賞が必要なんじゃないか、と。
 ネーミングはいろいろ考えたんだけど、語呂がいいんで永瀬唯さんのアイデアからもらってます。それで柏崎玲央奈さん、工藤央奈さんと母胎を作り、ここ一年間の日本作品の中から候補を選ぶ選考委員会にはSFマガジン塩澤快浩編集長や評論家の福本直美さん、冬樹蛉さんにも加わってもらって、徹底討議の結果、ようやく茅田砂胡さんの『スカーレット・ウィザード』に決定しました。

 企画会場には作家の北野勇作小林泰三のふたりも来てましたね。小林氏に至っては、いったいどうして自作の『αΩ』(角川書店)が候補にのぼったのか、その選評を聞きたかったみたい。でもねえ、先日、8月3日の土曜日に、南青山のベープ・ギャラリーでアーティストの空山基さんの個展レセプションがありましたけど、彼は当然としても、小林さんとか牧野修さんとか、リチャード・コールダーにオマージュ捧げてる作家の何と多いことか。トレヴィル後身のET社は、もう少し、財政的に落ちついたらコールダー第三長篇『デッド・シングス』出す出す、といって久しいんですけど。もう増田まもるさんの翻訳も、わたしの解説も、三年以上前に出来上がってるんです。この作家がジェンダーSF成立に果たした役割は大きいんじゃないかな。
 もうひとつ、賞といえば小谷さんは、去る五月に他界された詩人/翻訳家の矢川澄子さんから、日本ファンタジーノベル大賞選考委員を引き継いだでしょう。

小谷 矢川さんが自殺されたのは、ほんとうにショックだったんですよ。以前、書肆山田から出た全作品を書評させていただいているしね。佐藤亜紀ちゃんとあたしは、黒姫のお宅へ泊まりに来るようにとさんざんいわれていたのに、とうとう果たせなくて。矢川さんからはねえ、お手紙もずいぶんいただいたし、例のテクハラ裁判のドキュメンタリー『叩かれる女たち』(廣済堂出版)を出した長谷川清美さんが<週刊金曜日>で特集を組むときに、ごていねいなアンケート回答までいただいているんです。やさしいかたでしたよ。7月28日の日曜日に早稲田のキリスト教会で行われた「送る会」は、阿部日奈子さんの司会のもと、池田香代子さんの弔辞や高橋裕治さんの演奏、白石かずこさんや唐十郎さんの朗読やポップグループのたまによる歌があって、とても心に残るものでした。矢川さん自身が三月に吹き込まれていた朗読CDが記念品だったんですね。
 それで7月30日、初めてのファンタジーノベル大賞選考会には気をひきしめてのぞんだわけですが、これがまあ、すごかった。詳細は明かせないので省きますが(笑)、それでもベテランの貫禄を活かした西崎憲の『ショート・ストーリーズ』が受賞作におさまり、わたしが泣いちゃった若手・小山歩の優秀作『戒』も入って、結果には満足しています。九月末には、例年通り授賞式があるはずですけど。

 ここのところのファンタジー・ブームで、小谷さんはカルチャーセンター系にまで引く手あまたなんですけど、今年はその他のジャンルでも収穫が多いですよね。わがゼミ六期生だった白鳥賢司君が、五年以上の歳月をかけてとうとう完成した、ディックやスティーヴ・エリクソンを思わせる形而上的ミステリ『模型夜想曲』(アーティストハウス)も出て、好評を博しています。なぜかホラーに分類されることもあるみたいだけど、現4年ゼミ代が<三田文学>に書評を寄稿するとか。
 SF映画でも、去年以上に収穫が多い。わたしのいちばんの好みはもちろん『メン・イン・ブラック2』なんですが、『スターウォーズ・エピソード2』も『タイムマシン』も健闘してたし。毎日新聞が、近々、特集記事を組むようで。

小谷 そうそう、H・G・ウエルズの孫サイモン・ウエルズが監督の『タイムマシン』ね、ぜんぜん期待しないで教授にひっぱられて観にいったら、意外に収穫?。ヴィクトリア朝ニューヨークのファッションとタイムマシンのデザインが、すごいスチームパンクでよかった。とくに、月面でテロが起こったあとに月が割れて宙空に浮かんでるところなんか、SF映画史上に残る名場面だと思う。
 あと今年後半の話題は何といっても、デジキャラット並みの少女猫がめちゃくちゃかわいいTOL監督のアニメ『TAMALA 2010』かな。でも、悲惨な場面があって、そのあと、あのかわゆいしっぽがゆらゆらしているのを見たり、あの声でツッパったセリフを言ってるのを聞く度に胸が痛くなる…。かわいそすぎる。まあこれについては、大串嬢もブックレビュー欄で扱ってるし、教授の論考も<スタジオヴォイス>とかいろんなところに出るみたいだし。

 そういえば、もうひとつ視覚芸術というと、ほんとうは春学期のうちに、劇団・燐光群の傑作SF演劇『屋根裏』の論評も入れて、このCPAマンスリーを更新するはずだったんですね。
 ところがこのところ、アメリカからの来日ラッシュで、4月末の一橋大学国際シンポジウムに出席した新歴史主義批評家ウォルター・ベン・マイケルズをはじめ、5月にはSFRA元会長のジョアン・ゴードン、6月にはアヴァンポップ作家マーク・アメリカ、7月にはヒューゴー賞受賞画家ボブ・エグルトンと、応接が忙しすぎたというか。とくにボブは稀代のゴジラおたくだから、こんど総合講座をまとめた『ユートピアの期限』(慶應義塾大学出版会)にも寄稿してもらっている神谷僚一さんが浅草で営む「空想雑貨」にも連れていったりしましたけど。店中のフィギュアを買い占めんばかりの勢いだったなあ。まあおたくといっても、彼の場合は明るくて、とうてい『屋根裏』みたいな引きこもりにはならないんですが。

小谷 燐光群のあの劇はね、ある日とつぜん、「屋根裏」という商品名の引きこもり用キットが売り出される、という設定で時間と空間を自由自在に往来する、ものすごい思考実験でしたね、斎藤環さんの『社会的引きこもり』に啓発されてるんだとは思うけど、あそこまで想像力が全開するとは。久々に演劇見て感動しましたよ。坂手洋二さんはほんとうに天才だと思った。

 だって、われわれがこのところ見ているものだけでも、『白鯨』から『壊れた風景』、『屋根裏』、それについこのあいだ上演されて追加公演が決まったアメリカ人劇作家たちと共同演出の最新作『CVRチャーリー・ヴィクター・ロミオ』まで、けっこう絶えまなく続いているのに、駄作がぜんぜんないでしょう、坂手氏は。

小谷 最新作のタイトルは「コックピット・ヴォイス・レコーダー」の略。相次ぐ飛行機事故の操縦室音声記録だけからきわめてストレートに演劇を構成できるなんて思わなかったから、あまりの迫力に仰天。BBSで依田嬢が報告してるとおり。
 わたしたちが行ったのは8月2日(金)の下北沢スズナリなんだけど、台風のせいで雷がゴロゴロ言ってて、そのせいかほんとうに機材の故障で上演時間も遅れたのね。それ自体ヤラセじゃないかって思えるぐらい、飛行機事故の演劇を見るにはお膳立てが整い過ぎてた。事故体験のエピソードも一度二度ならまだ冷静に見てられるけど、第五話くらいになってくると、見ている方もだんだん平静ではいられなくなってきますね。飛行機に乗るのが怖くなっちゃって。

 とにかく次から次へと「書けてしまう」という、ノリにノった時期があるんですよね、表現者には。そういう時代に居合わせた幸せに感謝したいものです。

8/6/2002