#11-3. では『ハリー・ポッター』試写はどうであったか?

  最近じゃ、ピアニスト青柳いづみこさんの新しいCD 『水の音楽』(キング・レコード)のライナーノーツも書いたでしょう。それに、映画のプログラムブックへの寄稿も増えてきてますよね。
 そこでいよいよ、試写をいっしょに観に行った『ハリー・ポッター』(ワーナー・ブラザース配給)なんですけど、いまファンタジー界では「ハリポタ特需」とかいうんですって? 小谷さんも<ダヴィンチ>12月号のハリポタ特集号では天沢退二郎さんと対談したり、こんどの映画版のプログラム・ブックに寄稿してたりしますが。

小谷 ずーと憧れていた天沢さんとお会いできたのが、ラッキーというか、もうあがっちゃってどうしようもなかったんですけどネ。そういえば、むかし『新世紀エヴァンゲリオン』が流行ってたときは、「エヴァ特需」とかいわれたものですが。特需っていうのは要するに、あそこまで巨大なブームになると、それが属するジャンルそのものが活性化するってことなんですが。エヴァのときはSF アニメ、ハリポタはファンタジーって図式で。

 でも今回、一足先に試写を観て、いったいどうして小谷さんがボストンからフィラデルフィアまでアムトラックで絶対行くと言ってゆずらなかったのかが、よーくわかりましたよ。わたしは単純に、アメリ東海岸の風景が好きだから列車の旅もたまにはいいなあ、と思ってたんだけど。

小谷 へへっ、原作ではホグワーツ魔法魔術学校へ行く列車がキングズ・クロス駅の九と四分の三番線から出るってことなのね。ふつう、そんなプラットフォームなんてあるわけない。ところが、何といっても魔法学校行きだから、存在するわけがないといっても忽然と出現してしまう、いやー、あそこが実は一番印象的だったから。ボストンのアムトラックの駅っていうのはいかにも古都っていう雰囲気を残してるんで、そういうことが起こっても一向におかしくなさそうだしね。本場のイギリスに行く機会なんてそうそうないから、せめてボストン行くならねえ。おまけに電車に乗る前の晩、ハーヴァード・スクエアの本屋で<ゲド戦記 >第五巻を手に入れたから、もうお弁当をたべながら、もくもくとファンタジー読む旅だったのヨ。

 ほんと、今回のアムトラック旅行では、周囲を見回すといろんな人がいろんな本を読んでるなあ、とつくづく関心しましたよ。メルヴィルのネタ本を扱ってるからてっきり専門家しか読まないんじゃないかと思ってたナサニエル・フィルブリックの『大海原のさなかで』(ペンギン、2000年)を、全米図書賞受賞という効果もあるのか、ふつうのビジネスマンがじつにおもしろそうに読み進めていたし。前の席の女の子がパソコン開けてジャパニメーション見始めたときには、ほんとにびっくりしました。

小谷 ブロンドの女の子でしたね、あたし、つい話しかけちゃった。何しろ、ボストンからフィラデルフィアへ行くあいだじゅう、押井守の『人狼』のDVD を食い入るように観てるんだもの。『ハリー・ポッター』も世界的だけど、ジャパニメーションも世界的ですね。今年の世界SF 大会で『ハリー・ポッター』がヒューゴー賞長篇部門賞を受賞して、名編集者であるはずのデイヴィッド・ハートウェルなんかカンカンになって怒ってたし、部門賞候補になってたロバート・ソウヤーもそうとう落ち込んだみたいなんだけど、うーんあたしに言わせれば、それがグローバル・スタンダードなんではないかと。

 いや、ほんとに正直言って、わたしも食わず嫌いというか、原作すらろくすっぽ読んでなかったんですが、クリス・コロンバス監督の映画版を観て、うかつにも(?)感動してしまいましたよ。なぜって、ほんとうによくできてるんだもの。むかし大学2年のときにサレー州にホームステイしてたことがあって、懐かしい思いをしたということもありますが、オックスブリッジに代表されるイギリス的学校生活のパロディとしても楽しいし。これが原作小説とどのていど共通する感動なのかは、ぜんぜんわからないんですが。

小谷 ほとんど原作通りだから、心配する必要もないんじゃない。細かいところまでよく再現されていると思ったし。ハロウィーンやクリスマスのうきうきした感じがよくでていたし。

 わたしがおもしろかったのは、この映画、けっこう『スター・ウォーズ』の要領で理解できるからなんですね。箒のゲーム<クィディッチ>はジョージ・ルーカスが開発したテクニックで撮られていると思うし、闇の魔法使いヴォルデモートと出会うところなんかは、さすがはジョン・ウィリアムズというべきか、たぶんコード進行だけ取ればダース・ヴェイダーのテーマを彷彿させる音楽になってるし。たしかにふつうのファンタジーといえばそうなんだけど、でもいちばん印象的だったのは、あのホグワーツ魔法魔術学校の制服ですね。とくに赤と芥子色のマフラーがいい。そのうち、ハリポタ・グッズで身を固めた人たちで街があふれかえるんじゃないかなあ。


11/18/2001