#8 Apocalypse Cow!

cpamonthly2000-09-18

★ 夏休み明け前夜

巽 前回のトピックが京都セミナーでしたから、またまた一ヶ月以上もドカっと空いてしまった計算になります。月刊と信じてひんぱんにチェックして下さっている方々には申し訳ない限り。この間というのは、お互い二冊の本の仕込みおよび仕上げと内外二つのSF大会への参加というスケジュールがブチこまれていて、どうにも身動き取れなかったんですね。

小谷 うん。コミケもあったし花火大会もね(笑)。

巽 でも、ちょうどその間には大串尚代編集長による入魂のパニカメ書評欄もスタートしたし、OB山口恭司君の肝煎りによるHP再編成も進行中だし、ますますいろんなセクションで読みごたえじゅうぶんになってると思いますよ。

★少女になりたい男たち

巽 さてさて、じつは前回アップした直後に最新日本映画の試写を観る機会があって、いずれもたいへんおもしろかったんで、すぐにもそのネタを振る予定だったんですけど。

小谷 8月上旬に観た庵野秀明監督の『式日』と石井聰互監督の『五条霊戦記』ですね、ふたつともすばらしかったですね。

巽 前にもどこかで発言したんですけど、わたしは『エヴァンゲリオン』そのものはあんまりよくわからない人だったんで、庵野監督に初めて感銘を受けたのは実写第一作だった村上龍原作の『ラブ&ポップ』でした。あの作品がじつに斬新なハンディカム映像で東京都渋谷を見慣れない時空間へ塗り替えてしまったとすると、今回の『式日』は、それこそ監督本人の出身地である山口県宇部市を舞台にしていながら徐々に宇部市ならざる非現実空間へ離陸していく感覚がじつに絶妙に表現されていた気がする。これは、たとえばかつて寺山修司が自身の故郷である青森を素材に『田園に死す』でやったような仕事にあたるんだろうし、こういう故郷への挑戦というか起源のマジック・リアリズム的再処理というのは、表現者なら必ず通過しなくちゃならない一段階にすぎないのかもしれませんが、そういうことを抜きにしても、好きですよ、この監督の実写 は。

小谷 『聖母エヴァンゲリオン』のオビに「あなた、女になりたいの」って振ったんですけど、『式日』を観たとき、庵野監督ってやっぱり父親でもなければ息子でもない、娘になりたいのかなと思いましたね。もちろん原作は主演女優の藤谷文子自身の小説で、来る日も来る日も「誕生日の前日」がえんえんと続くっていう設定は彼女本人のものなんだけど、そこで語られる母娘関係を庵野監督本人が長く抱えているモティヴェーションと重ね合わせて呼び込んでしまう部分というのが、心に残りました。ヒロインの相手役である「監督」役を岩井俊二監督が勤めているのも、庵野監督本人の分身という意味もあれば、もともと岩井監督が「少女」のような男性として捉えられてきたという意味もある。雑誌特集でやってたでしょう、「岩井俊二は少女である」って。そう考えていくと、古くは寺山、現在では岩井監督の『四月物語』や大島渚『御法度』をふりかえって、男性監督たちの少女性にますます興味がわいてきます。少女を恋の対象とするより、自ら少女になってしまいたいというのは、昔だったらきっと無意識に沈殿していたはずの欲動なんでしょけど、最近どんどん全面 にでてきている気がしますね。

★平安末期のサイバースペース

巽 『五条霊戦記』のほうはどうですか、そうとうハマってたみたいですけど。

小谷 あれは最高! とにかく義経役の浅野忠信が冷酷無比な殺戮ロボットに徹していて、弁慶役の隆大介のほうはシュワちゃんみたいなターミネーター風サイボーグという感じで、ふたりの対決シーンがすごい(笑)。両方とも人間以外というか怪物的。すごいパワーを発散してましたねえ。隆大介は『遠野物語』のときの役所公司とのかけあいといい、『忠臣蔵』での切腹シーンでの郷ひろみとの共演といい、男二人の間の芝居になると、暗い情感がでてきて、本当にかっこいいんですねえー。超人性がこんなにも似合う人はいないんじゃないかな。とくにあの腹にひびくような声が非常に魅力的〜。 

巽 二年前の三田祭で監督と対談した時には、これは石井聰互流スチームパンクになるかもしれないと予想したんですが、出来上がりはすでに『マトリックス』にもたとえられているように、監督がどこまでいってもサイバーパンク魂の持ち主であるのを証明する映像になっている。霊能力で把握されるネットワークの地政図を、刀というテクノロジーの策略によって切り拓いていくこの物語は、たとえばギブスン作品だったらローテク集団のパワーみたいなものを彷彿とさせます。とくに最後の最後に来る衝撃的なクライマックスは、限りなく電脳的な黙示的場面で印象深い。『エンジェル・ダスト』や『水の中の八月』も気に入ってますが、今回のすさまじい殺陣を観ると、監督の舎弟格である塚本晋也の作品を換骨奪胎しているような感触もあるところがおもしろい。

小谷 そうですね。たしかにあのパワーは『狂い咲きサンダーロード』のころを思い出させるような、凶悪なサイバーパンク的なノリがあると思います。ホント、歴史物を見ているはずなのに、受ける印象といえばサイバーパンクみたいな奇怪な雰囲気なんだもん。  日本ではサイバーパンクといっても、大原まり子さんらサイボーグ・フェミニズムの系統が最初から明確に出ていたこともあって、ちょっと気づきにくいのですが、アメリカでは、当時フェミニストが、サイバーパンクのマッチョイズムをめちゃくちゃに叩いていた時期がありましたでしょう? その後、女性批評家のジョアン・ゴードンらが、サイバーパンク作品をフェミニズム的な視点から再解釈していって、むしろクィア系の文化的戦略論へとつなげて行ったといういきさつがありました。でまあ、日本でそのマッチョな部分のほうは、石井さんや塚本さんがしっかり体現しているのではないかと愚考していたわけなんです。 ところで、三田祭で石井さんにお会いしたとき『ファンタジーの冒険』のことが話題に出て、「同じことを考えてますね」と仰られ、そのときは「んんん??」と思ったんですけど、見終わって納得しました。あの歴史の捉え方は確かに『ファンタジーの冒険』の部分と重なり合う。なるほどフィクションだとこう展開するのかと思いました。

巽 あと、男同士の激突でおもしろかったのは、最近観た『WHITEOUT』でしょうか。

小谷 へへっ。のっけから、織田/石黒のテントシーンで、『振り奴』(『振り返れば奴がいる』)にオマージュを捧げまくってしまう展開。思わず口に手をあてて歓声をあげそうなってしまいましたが。

巽 うるさかったですねえ。

小谷 だって、中心的な話題は電気。電気と男とテロリズムよー! 細部にわたって、感電、いや感動してしまうではありませんか。

巽 日本ではアニメはともかく、実写ではどうしてもハリウッドを超えられないところがあったんですが、『WHITEOUT』観て希望を持ちました。この調子なら、いずれは世界的水準のSF 映画が製作できるかもしれません。そして、最近のとどめは『陰陽師』ですか(笑)。これも平安時代が舞台ですね。

小谷 夢枕獏原作で岡野玲子漫画、それが、今回ついに! KOtoDAMA企画の旗揚げ公演というかたちでお芝居になったんです。元Studio Lifeの児玉信夫が安倍晴明、そして、現Studio Lifeの浦一弘が源博雅。原作ではけっこう抜けててお茶目なギャグキャラであるところの博雅サマが、なぜか今回はシリアスでかっこよい(なぜ?)。清明様がとにかく美しくて幻想的に描かれているせいか、浦版の博雅像は、よりリアルでしかもかっこいい男に見えたのかも。とにかく男たちがあまりに美しいので、ふと、宝塚版も観てみたいな、と思いました。

巽 Studio Life系は、舞台装置はあまりにもシンプルなんだけど音楽がいつもかっこよくキマっている。そういえば『五条霊戦記』にも陰陽道が活かされてたし、何といっても鬼のモチーフが通 底してましたね。人間と鬼の対決、というより人間内部の魑魅魍魎をいかに描くか、というところに現在的関心が集まってる気がします。この要領で、獏さんの『混沌の城』も舞台化ないし映像化してみたら、すごいことになると思うんですけど。

★犬も歩けば、ウシにあたる?!

小谷 しかし、今回旅行先で映画があんまり見れなかったのが残念といえば、残念でしたね。せっかく『バトルフィールド・アース』を撮ったロジャー・クリスチャンとも知り合ったのに、当の作品を観ていない。忙しい旅だったし。

巽 まず8月26日から30日までニューヨークに滞在してから、シカゴの世界SF大会CHICON(8月30日ー9月4日)へ移動するという出張だったんですけど、どちらの都市でも、ここんとこ最もファッショナブルなのは牛のデザインというのに度肝を抜かれて。

小谷 そう、あれにはびっくりした。6 月に日本へ里帰りされていた翻訳家のカズコ・ベアレンズさんが、最近ニューヨークがきれいになってすばらしい、っていう話をなさってたんで二年ぶりに滞在したんですけど、まず地下鉄がいままでみたいな硬貨状のトークンじゃなくって、完全に東京風のメトロカードのシステムに変わっていて、それにはもちろん驚いたんですけど、さらに何だか気がつくとマンハッタン中そこかしこに牛の彫刻が置かれていて、いったい何じゃこりゃあ?って感じでしたね。

巽 そう、一気に偶像崇拝ブームでも到来したのかと思ったほど。じっさいのところは、いま「カウパレード・ニューヨーク」なる街ぐるみの企画で、有名無名、老若男女を問わず無数の芸術家たちが500点にのぼるカラフルなファイバーグラス製牛彫刻を一定期間だけ提供し、街行くニューヨーカーたちの目の保養にしようということらしい。われわれの泊まったシェラトンの正面 も含めて、ほとんど一ブロックごとにそれぞれ趣向の異なる牛がいる。聖パトリック教会の正面からはモーゼを怒らせたという偶像にも似た聖牛が飛び立とうとしてるし、ニューヨーク市立図書館の前には移動図書館から発想された図書館牛がいて、ユニオン・スクエアには玩具デパートToys "R" Usがありますから当然、玩具牛が置かれていて、ウォール街へ行くと札束まみれの株式牛がいる、という具合。まったく奇抜なアイデアですが、しかしこれと同じことをいまの東京でできるかといったら、せいぜいバスが広告塔を兼ねるぐらいでしょう。れっきとした芸術作品で惜しみなく街中を装飾するというのは、スペクタクル効果としてもなかなかイケる。そのあたりに、以前にも増して豊かになったといわれるニューヨークの余裕を見た気がします。何しろ、十年前のブッシュ政権時代に滞在した時は街中が憂鬱そうで、ひどいなんてもんじゃなかった。

ティプトリーを観る

小谷 今回は久々に自然史博物館にも行って、恐竜展とプラネタリウムが収穫でしたね。

巽 そうそう、小谷さんは四年前だったか、自然史博物館の図書館でとてつもない発見をしていて、とうとうそれも入手できたし。これってまだ秘密なの?

小谷 ぜんぜん。いつだったか、<SFマガジン>のティプトリー特集でもうレポートしちゃったし。まったくひょんなことから、この博物館の立役者でもある剥製師カール・エイクリーのアフリカ旅行を映した二十世紀初頭のフィルムが所蔵されているのがわかったんですね。それについては、ダナ・ハラウェイが『霊長類的ヴィジョン』の註釈でもふれてるんだけど、何とそのサファリに出資したのがシカゴの資産家ブラッドリー家、すなわちSF作家ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアのお父さんだったという背景がある。それで、もしやと思ってフィルムを観てみたら、信じられないことに、当時ほんの五歳ぐらいだったアリス・ヘイスティングス・ブラッドリー、すなわちティプトリー本人の少女時代のすがたがほんの数十秒ほどですが登場するんですよ。もう興奮しちゃって。

巽 覚えてますよ。1996年といえば、わたしもちょうど、四年越しのちくま新書の企画が暗礁に乗り上げて編集部長にお灸を据えられてた矢先で、ようやく一年後の『恐竜のアメリカ』へ向けて仕切り直しに入ったところでしたから、取材も兼ねていろいろ発見がありましたし。でもあの時はたしか小谷さん、時間がなくてフィルムのコピーまではしてもらえなかったでしょう。今回は、ニューヨーク大学大学院の映画研究家・宮尾大輔君の手配であらかじめ注文することができて、ようやく念願のヴィデオが手に入った。久々に平野京子さんのお宅にもうかがって、楽しいひとときでした。

★CHICON参加報告

小谷 今回のアメリカ出張はある意味ではティプトリー漬けでしたね。ニューヨークのあと、シカゴで開かれた今年度の世界SF大会CHICONへ移ってからも、この街はティプトリーが育ってますからシカゴ市立図書館に毎日入り浸って、いくつかとんでもないことまで掘り出しちゃったし。そのうちいちばんショッキングな史実は、ひょっとしたらティプトリー第四の衝撃になるかもしれないのでしばらくは裏をきちんと取るまで明かせないんですが、それでも彼女の生家に足を運ぶことができたのはうれしかったです。

巽 大会そのものはどうでしたか。

小谷 シカゴ・ファンダムの充実ぶりはすばらしいですね。あれだけ感じのよい大会を運営していたわけですから。コニー・ウィリスと再会を喜び合っていたら、彼女またヒューコー賞ノヴェレット部門を獲得。受賞のコメントでは「もういらないでしょう、なんてよくいわれるけど、それは、ウソね。わたしは今年もハリソン・フォードのために賞をとったの。うちに帰ったらクリフハンガーして、彼が助けてくれるのを待つの」と、いつものように笑いをとっていたのが印象的でした。  今回は、とうとう2007 年に日本で世界SF大会をやる、ということでキャンペーンが始まりましたから、それが大きな話題を呼びましたね。教授と一緒にヒューゴー賞授賞式の中で星雲賞贈呈式をやったでしょう。今年度、8月の日本SF大会ZERO-CONで発表された受賞者はマイク・レズニック(『キリンヤガ』)とジェイムズ・ティプトリー・ジュニア(『星ぼしの荒野から』)だったわけですが、とくにティプトリーの代理でパット・マーフィーが受賞に立ち遺著管理人ジェフリー・スミスの手紙を読み上げたこともあって、フェミニスト系SFファンたちが日本での世界SF 大会開催に一気に興味をもったようで。キャスリーン・アサロ(超人気のハードSF系ラブロマンス作家、物理学者でバレエの先生)やキャサリーン・アン・グーナン(ナノテク系ハードSF系女性作家、アサロとリンダ・ナガタら新世代の女性ハードSF作家の一人)が授賞式のあと、やってきてもう興奮することといったら。毎年いろいろな大会で行われているティプトリー賞の授賞式も、その年は日本でやってもいいんじゃない、なんてキャンダス・ドーセイ(カナダの詩人かつハードコア系SF作家かつスモールプレス社長)がいいだしたり。とはいえ、誘致に成功するかがまず先決(笑)。決まるのがそもそも三年後ですか。 

★振り返ればウシさんが…

巽 ちなみに、CHICONでのマスカレードでも、牛のデザインをあしらった衣装が氾濫してましたね。

小谷 あれはいったいなんだったんでしょうねえ。観客席からも牛の鳴き真似がひっきりなしに続いてて。写 真を撮りながら「ムゥゥゥゥゥゥゥゥ〜」。

巽 ニューヨークの図書館牛も、モバイルにひっかけて「ムーバイル・ライブラリー」Moobile Libraryなんて命名されてたし、カレンダーでも「ムーヨーク、ムーヨーク」Moo York,Moo Yorkなんてタイトルのが売り出されてたし。

小谷 なんなんでしょうねえ、このウシさんづくしは。まさか殊能将之の『美濃牛』人気のせいでもあるまいに。そういえば、<幻想文学>でも牛特集、やってたな。

巽 日本だと、つい先頃、乳製品スキャンダルが起こったんで、いまだとどうしてもそちらを連想しちゃうでしょう。でも、けっこう前からフランシス・コッポラ監督の『地獄の黙示録』Apocalypse Nowにひっかけた"Apocalypse Cow"のTシャツっていうのは人気があった。あれってけっこう先覚的だったのかもしれません。 

9/18/2000