#5 四月は残酷きわまる月

cpamonthly2000-04-29

巽孝之 四月は残酷きわまる月だ、とはよくぞいったもので、このセンテンスを編み出した人はほんとうにえらい。というのも、いつも新学期が始まる前というのは長い休み 明けですから、ああまた教壇に立ってちゃんと喋れるんだろうか、大丈夫だろうか、と少しドキドキするんですね。ところがじっさいに立ってみると、考えるよりも先に喋り出している自分がいる。しかも、四月中は最低二週間はすべてのクラスで教師側がガイダンス、イントロダクションを続けなくちゃいけませんから、ほんとにもうクタクタに なっちゃう。とくに今回、パニカメ通信が遅れたのは、このところ週末が過密だったせいで、とくに先々週末には、まず4月14日には京都アメリカ研究夏期セミナー実行委員会のため立 命 館大学へ日帰り出張(7月末にミシガン州立大学教授マーリーン・バーを招聘する予定 )、15日は日本アメリカ文学会東京支部特別講演で芥川賞作家・藤沢周氏の司会 (のちに<三田文学>掲載予定)、16日は法学部時代の教え子・飯坂智之君と加藤杏里嬢の媒酌人(立会人や証人を入れると7組目ぐらいか)、それで一日空けた18日には総合講座では「アメリカ文学ユートピア」の講義。今年度からは小谷さんも白百合女子大非常勤講師として毎週「フェミニズムSF」一コマを教え始めて、書評欄レギュラーも日経だけじゃなく朝日も加わったわけですから、最近はお互い通信ができるほどにはおしゃべりする機会がなかったのですが、それでも 飯坂家挙式はご一緒したわけですよね。

小谷真理 久々に、本格的なコスプレでしたので、ついつい攻略本、じゃなかった、えーと冠婚葬祭入門ですか、熟読しちまいましたよ。結納から正式っていうのも初めてなら、とうとう自分で着物の着付けできるようになってからの仲人っていうのも初めてでしたね(註 : コスプレじゃなかった、着付けに関するわたしの涙ぐましい努力は、この方に観察されております(http://www4.wisnet.ne.jp/~junko/diary/diary.cgi)。美しいご両人のおめでたい席! ああ、感無量じゃ〜 ! でもキミ、新郎新婦の紹介で『マ ーズ・アタック』の話を演説した仲人っていうのも、世界で初めてじゃない?

 飯塚君は、わたしがかつて1988年に一年間だけ日吉でやった一般教育研究会の「SF」クラスの積極的な受講者だったんですね。それで、学生時代はユーロロック研究会に所属していて、自分でもプログレバンドをやっていた。一応そういう予備知識をふまえたうえで、事前に渡された資料を見ると、これがなかなかおもしろかったんですよ 。新郎は「初めてのデートは『マーズアタック!』」と書いていて、新婦は「初めてのデートでわけのわからない映画にムリヤリ連れて行かれた」と書いている。新婦はタイトルを覚える気力も失せたらしい。しかも、その晩、新郎は映画のあと新婦をほうりだし、以前からチケットを予約してあった好きなプログレバンド・キャメルのコンサートへひとりで行ってしまって、もちろん新婦はカンカン。新郎は、そこまで自分の趣味につきあわせて嫌われたくはなかったそうですが、しかしティム・バートンには平気で連れて行ったのに、なぜキャメルはいけないのか。むしろキャメルのほうがはるかにましではないか、と思うんですけれども、まあこのエピソードはなかなかにふたりのコントラストがよく出ていたんで、そこがほほえましくて。『死霊の盆踊り』見せるよりましでしょう、とツッコミたくなったんですけど、そこは仲人ゆえグッとこらえました。

小谷 そうですねー、おめでたい席では、フツー、ゾンビとか盆踊りとかたたりと か禁句でしょうからねぇ。ところで、教授、このパニ亀通信、映画評ばかりが続くので 、たまには活字の話をしようと思って、課題図書として『美濃牛』選んどいたんですが 、読み終わりました?

 いや、まだです。連休中にじっくり読ませていただこうと思っているのですが 。 映画以外と言うことなら芝居見物の一環としてStudioLife(http://www.studio-life.com/)の『吸血鬼ドラキュラ』に行きましたね。

小谷 そうでしたね。わたしとしては、ドラキュラというと、どうしても「おじさ ま」系というか、年輩の男性を想定してしまうのですね。で、この劇団男性ばかりで構成された、しかも耽美系で知られているので、どういうふうな劇になるのか、すっっご く興味があったんです。昨年『トーマの心臓』や『死の泉』なども舞台化してまして、 けっこう味わいがあるので。期待は裏切られませんでした。ジョナサン・ハーカーがド ラキュラ城を訪れたとき、ほんとーはなにがあったのか!!などという「うふふふふふな内容」をほのめかしていて、なるほどドラ様が美形青年である必然性が感じられました 。この解釈は今までなかったんじゃないかな。

 耽美系の名に恥じない力作だったと?

小谷 もちろん。ただ、難をいえば、もうすこし女性キャラへの気配りが欲しかった。で、美形といえばーーまた映画の話になっちゃうけどーー飯田譲治さんの映画『ア ナザヘブン』の試写会では、舞台に出演者挨拶はあるわ、客席にTV版出演者がきてるわで、すごい騒ぎでしたね。 特にあの、ほら、ねこぞう(http://www.studioetcetera.com/staff/psychocats/index.html)にそっくりな……

 ええと、相川七瀬は出てなかったと思うけど・・・ああ、柏原崇か。

小谷 そうそう彼がでてくると、ものすごい歓声があがってましたね。で、映画版のつくりがこれまでの飯田さんのもってるカルトな感じじゃなかったので不思議に思っ ていたらこれTV版とのかねあいでそうなっているらしい。TV観たら、やっぱり「あ、 飯田さんだ」。メディア越境しながら物語を重層化して世界を作っていくという手法のせいなのかな。まーでも、教授的には、こういう路線よりデイヴィッド・クローネンバ ーグの新作の方が、より興味があるんでしょ? こう、形而上学的にもグロ〜いやつ。

 クローネンバーグでこれまでいちばんおもしろかったのは『裸のランチ』だったんですけど、『イグジステンズ』はそれを彷彿とさせました。あのゲーム機械バイオ・ポッドのデザインがよくて。有機コンピュータといえば聞こえがいいけど、あたかも 人間が架空の外部器官をもっていたらあんなふうになるんじゃないか、と思わせるんですね。『身体の未来』 (トレヴィル、1998年)の表紙に使ったCG芸術家フローレンス・ オルメッツァーノのコンセプトにも迫るものを感じました。あの技術センスを使えば、沼正三の『家畜人ヤプー』も意外に早く映像化できるかもしれません。

小谷 あのZってぜったいフィリップ・ K・ディックの『パーマー・エルドリッチ 三 つの聖痕』のチューZからきていますよねぇー。

 そうそう、現実と幻想が入れ子になっちゃう展開そのものはほんとうにディッ ク風で、たとえば『流れよ我が涙、と警官は言った』なんかにも近い。むかしドラッグ いまゲームなんですね。でもこの映画観てていちばん心配になったのは、今日のポスト ・リストラの逆ギレ社会にあって、何か悪事をはたらいたら「これはおれじゃない、ゲ ームのキャラのしわざだ」なあんて開き直るのが流行っちゃうかも、ってこと。いままでだと責任転嫁の行き着く先は社会制度とか有害図書とか無意識とか遺伝子とかミトコ ンドリアとかだったわけですが、こんどからは自分が何をやらかしてもゲーム・デザイ ナーのせいにしちゃえばいい(笑)。そういえば、メディアミックス的には、スカイパーフェクTVの「アートフォーラム」 に小谷さんが出演して、「イグジステンズ」評を展開するんですよね(掲示板参照)。これは『おこげノススメ』にクローネンバーグ論が入っていたからかな。

小谷 それもあるかも。わたしにとってクローネンバーグって、理論的には近いと ころにいるけれど、感覚的には遠いお方っていうイメージなのね。『M.バタフライ』の ときですら、そうなんだ。でも、今回、あのけったいなコントローラーを観たとき、一 瞬、向山君(http://www.studioetcetera.com/staff/mobs/index.html)に勧められて「サイレントヒル」をいっしょけんめいやってるクローネンバーグのけなげな お姿を
想像してしまって、ほのぼのしましたねえ。それにしても、ゲーム体験がなんで、あのような 「それッ、ふたりで、背中にコードをさしこむんだッ」というA(V?)感覚なお話に結実したんでしょうか。

 うーむ、そこだけ聞いちゃうと、なんだか危ない話のようですね。

小谷 目覚めても目覚めても終わりのない悪夢。接続を繰り返してもうまくいかな いことへの恐怖。あっち方面でも、こっち方面でも、前後左右自由自在にうごめく、あぶない映画なんだ(笑)。こんどはもうちっと少女マンガ趣味にも走って欲しいね。

4/29/2000