#15 ゴシック・クリスマスは終わらない

cpamonthly2002-12-24

巽孝之 いつもは年末どたばたしてて、クリスマスカードも間に合わないんですけど、今年度ばかりは何としても更新せよ、とHP管理人さんからのお達しがありました。それで大急ぎでふりかえってみると前回、夏休み報告のあとには、例年どおり八ヶ岳ゼミ合宿が続いたんですが、今年度はさらに9月28日に大串尚代君が博士号請求論文を加筆改稿した第一著書『ハイブリッド・ロマンスーーアメリカ文学における捕囚と混淆の伝統』が松柏社より出版されたというのが、ちょっとしたニュースでしょうか。

小谷真理 そうねー。山口恭司君のキモいりで急遽、出版記念パーティが行われたのね。例によって、中目黒は東急線下のお洒落なレストラン、オーガニック・デポだったんだけど、女の子ばっかりを発起人にしようということで、拙者や東京学芸大学新田啓子さんが応援スピーチに立って、モンスーン・カフェでの二次会もずいぶん盛り上がったな。『ハリー・ポッターをばっちり読み解く7つの鍵』の締め切りで追いつめられていたけど、楽しかった! 女の園ははなやかでいいですねー。

 このところ、<週刊読書人>では東京都立大学の宇沢(富島)美子さんが、<英語青年>では東京大学の瀧田佳子さんが、とてもいい書評を寄稿しておられて、ほんとうに幸せな本だと思いますよ、あれは。
 ところで、本といえば、この秋はわれらふたり、自分たちのことで死にかけてましたね。まったく同じ出版社から一緒に出す、というと字面だけ見たら共著のようですが、これは内容も装幀もまったくべつべつの本を、それぞれの単著として同じ11月に出す、という意味ですから。時々、我が家でふたりの敏腕編集者、坂下さんと西田さんを同時にお迎えしてまったく別個の編集作業を隣同士で机並べてやってるという、とんでもない局面もありました。

小谷 え? 教授も苦しかったなんて、聞いてないよー。教授のほうが平凡社の文化批評新シリーズ<セリ・オーブ>から第一弾として放った『プログレッシヴ・ロックの哲学』をやっていて。でも、キミ、春には原稿できて、秋は余裕だったじゃないのー。

 3 月に決まった話で、5月のゴールデンウィークには一気に250枚ぐらい書き上げちゃったんですね。「キメラの音楽」については、いままでほとんど語ったことはなかったんだけど、いざ書きはじめると出てくるわ出てくるわ、自分でも意外なほど。実質的な中核である第一部の「キメラの音楽」はだから、ほとんど書き下ろしですね。まんなかに入れた「キメラの文学」の部分はほとんど割愛、しなくちゃならなかったんだけど。ですからあれは、最初から短縮版なんです。秋に入ってピンチだったのは、せっかくテクスト分析とかやっていたキング・クリムゾンの歌詞が、どうしてもクリムゾン側からの引用許可がおりずに、全面差し替えを余儀なくされたせいで。バッサリ切るだけじゃ成り立たなくなるので、その部分の議論を新たに書き起こしたり。
 いっぽう小谷さんは『ハリー・ポッターをばっちり読み解く7つの鍵』執筆中に、編集部がとうとう<ハリポタ通信>を発行しはじめたんですって?

小谷 企画が立ってうちで編集さんとうちあわせしてたら、隣で教授がわたしと同じ編集部の別の編集さんとゲラ見てる、って、すっごいプレッシャー。あの段階で、こっちは白紙だったのよ?ッ。第四巻の登場人物索引を作成するのが「売り」なのに、そもそもなかなか原稿がしあがらなくて。装幀のミルキイ・イソベさんによる凝りに凝ったデザインもすっかりできあがってて、編集部も準備万端で、しかし原稿だけが存在しない、というシチュエイション。

 これがホントの「空虚の中心」(笑)。

小谷 西田編集長の手になる<ハリポタ通信>は、新手の催促形式というか。原稿がはいらないと、夜中に<ハリポタ通信>ががんがん発行されて、どんどんファックスされてくる…。わたしは、恐怖新聞と呼んでました。「ばっちり」は、結局構成案と文体決めるんで悩み苦しんで、結局実働五日で書き上がった。
でも、あの文体作ったのは、たいへんだったけど、楽しかったなー。

 このあいだ夢枕貘さんから、第五文体のおすみつき、もらったんでしょ。

小谷 文体の巨匠は、見抜いてますね。

 それで二冊ともぶじ11月に出そろうと、間髪入れずに、小谷さんプロデュースの企画がふたつも続いた。

小谷 んー。ひとつは12月4日に日本ペンクラブの女性作家委員会が主催するシンポジウム「女性と戦争」だけど、あの構成は委員会で話し合っていろいろ調整した結果なのですね。わたしはいまこの委員会の副委員長なので、前半、作家の赤坂真理さんとの対話を行ったんですが、そのために彼女がいま<中央公論>で連載している戦争論や入江曜子先生の本などをはじめ、戦争と女性に関する文献を読みあさって、問題は戦後処理とGHQの模造記憶に関する認識なんだな、と思うようになりました。あと、戦争も女性もイメージ汚染が強すぎる。戦争翼賛も戦争反対も、両方女性のイメージが使われているんですね、戦略的に。これをかいくぐって、女性の戦争文学が始まっているとおもうんだよね。日本の女性作家による戦争文学のいちばんすごいのって、やっぱり大原まり子さんの『戦争を演じた神々たち』だと思うしね。「女と犬」がいちばんすごみがある。

 模造記憶のことから考えると、だからこそ日本にはディック・ファンがたくさんいるのかもしれませんね。『ブレードランナー』もそうだけど、彼の作品はほとんどが模造記憶の問題だから。今年度は本塾の安東伸介先生や東大の高橋康也先生といった学術的巨匠が相次いでおなくなりになりましたが、ちょうど高橋先生と自作小説『光』のオペラ化を進めておられ、ディックやバラードのよき理解者だった作家の日野啓三さんもおなくなりになって、ほんとうにひとつの大きな時代が終わった気がします。

小谷 高橋先生って、名著『ノンセンス大全』に矢川澄子論を収録されているんですよね。あの文章、精緻でけっこう好きです。

 それが終わると、こんどは日本SF作家クラブの企画でしたね。

小谷 そうそう、毎年、どなたかを「励ます会」をやってるんだけど、今年は映画監督の佐藤嗣麻子さんを励まそうということで、幹事を命じられて「佐藤嗣麻子とすごすゴシック・クリスマス」というのを立案してみました。ゴシック・クリスマスだから、日取りはもちろん13日の金曜日。今年は立案した段階で、13金は 12月しか残ってなかった。すみません、みなさん年末進行の最中なのに。で、上映会とパーティを一緒にしなければならず(フィルムをみたいという神林長平会長の強いリクエストがあったのね)、SF関係は食い意地がはっているからちゃんとメシの量も確保しなければならず(SF関係者のパーティでの生態に関しては青山智樹氏のホームページにくわしい事情が書いてある…)、結局表参道で落合恵子さんが経営されているクレヨンハウスで開くことに。百人くらいの会場だったので、人数が読めなくて、けっこうキンチョーしましたが、フタを開けてみると満杯で。

 事務局長の嶋田さんが芋の子を洗うような状態だけはさけてくれと心配しておられたけど、それだけはなんとかさけられたみたいですね(笑)。吉野公佳さんや堺雅人さんら芸能関係者も多かった。

小谷 萩尾望都さん、吉田秋生さん、山岸涼子さんといったそうそうたる顔ぶれから祝辞をいただいた小冊子も刊行して、みなさん、気合いをいれてゴスロリ・ファッションでご参加くださってなかなか盛況でした。ベストドレッサー賞選出をやったのですが、意外な人物の意外なゴスプレには感涙ー。あとで、「みんなゴス、もっているんですね?」と驚きの声もあがってました。でも、今回のポイントは、やっぱしかつらでしたね。久美沙織さんの人魚姫みたいなすごいのから、みらい子さん&尾山ノルマさのシルバーヘアまで。

 小谷さんは、オレンジ色のかつらを。

小谷 ミュージシャンに見えました?

 ブログレ…うーん、ヴィジュアル系ですかね。

小谷 上映会やって、小冊子やって、コスプレ大会で。もー思い残すことはありません(笑)。ちなみにベストドレッサー賞海洋堂のフィギュアでゴスロリ・テーマということで、アリスパート2のコンプリート。半分消えてるチェシャネコも入ってました。受賞されたのは、信州大学法医学教室に勤め、日本SF作家クラブ会長の神林長平夫人でもある高柳カヨ子さん。もう気合いがちがいます。すごいです。女王様です。彼女はゴスロリのお師匠さんなんですね。詳しくは<パニック・アメリカーナ>の7号に「ゴス道の妻たち」っての、書いたから読んでちょ。

 わたしがあのパーティでいちばんうれしかったのは、拙著最新刊の第三部「キメラの聖典」にもプログレの傑作として選んだALI Project宝野アリカさんが「星月夜」を歌ってくれたことです。佐藤監督の『エコエコアザラク』が機縁だとか。その関係で、12月20日には彼らがストリングスを取り入れたとても優雅なコンサート「月光ソワレ」にもお招きいただきました。武蔵野市民会館のステージは中央にパイプオルガンが鎮座していて、何とも気品あふれる空間でしたね。片倉三起也さんの編曲もすばらしかったけど、アリカさんのファッションがとにかく、すごい。クラシカルなところとロックンロールなところがみごとに融合した、ほんとうにプログレ魂のこもった一夜になりました。

小谷 いやー、あれこそゴス道ですよ、魂入ってますッ! 

12/24/2002