#20-4.地雷原を駆け抜けて

 ところで、今月は2月20日から坂手洋二脚本になる燐光群の新作「だるまさんがころんだ」が公開されていますが、これがとんでもない傑作。
 「白鯨」「屋根裏」「CVR」を融合したかのような、少なくともわたしが評価する坂手演劇の長所を全開した、世界でも初めての「地雷演劇」になっている。
当初は、イラク戦争自衛隊派遣に対する非戦メッセージが強い、と聞いていたのでプロパガンダ的なのかな、と思っていたのですが、とはいっても一筋縄ではいかない深まりを見せるのが坂手洋二ですね。
 たとえばピンチョンの『重力の虹』だって戦争小説であり反戦小説とも読めますが、にもかかわらずロケット国家が生み出したロケット人間が登場するロケット文学になっている、というような意味で、この作品は地雷立国が乱立するグローバル時代に地雷を世界律にした人類を主役にしなければ描けないブラックユーモアあふるる地雷文学を、明らかに確立してしまいました。ここには、キューバ危機のころにキューブリックがブラックユーモア映画『博士の異常な愛情』を撮らざるをえなかったのと、まったく同じ意義がある。しかも、押井守の新作『イノセンス』ともリンクするようなかたちで、ゴスならぬサイボーグ・フェミニズムが衝撃的に使われている。
 わたしが燐光群から坂手さんとの公開対談の依頼を受けたのは1月半ばなんですが、そのときには「まだ脚本が仕上がってなくて」と言われたのでヤキモキしていたものです。ところが初日に観るやいなや、いったいどうしてお呼びがかかったのか、すべて納得してしまいました。
 とにかくすばらしい出来だったので、小谷さんだけじゃなくてゼミ生にもさんざん吹聴したわけです。 メルヴィル、ピンチョン、ハラウェイを理解するにはこの劇をおいてない、と。

小谷 そうそう、教授が初日を観て、えらく興奮して帰ってきたので、わたしも2月26日の木曜日、坂手さんと教授のアフタートークを見物がてら出かけてみよう、と決意した次第です。
 オムニバス連作形式で、地雷にまつわるすごいエピソードがこれでもか、というくらい登場する、とか。「おまえ、地雷ふんでるよ」って隠喩ではなくリアル表現で満載、とか、事前に相当聞かされましたからねえ(笑)。でも、けっこうネタバレしてますよ、教授。

 「大学の地雷研究会で地雷撤去のボランティア活動にいそしむ女子大生」が最終的には「脳すら不完全なサイボーグになってしまう」(←おまえは草薙素子か)とか。
「地雷と義足を同時に売りさばく屋台のコンビが、じつは全世界をさまよう幽霊にすぎない」(←クリスマスケーキにご注意)とか。
「ストッキング会社がじつは地雷も製造しており(←ピンチョン風?)、それに一生を賭けた男が家の押し入れで地雷を製造し始めた」とか。

小谷 ひどいなあ。ネタまんまじゃないですか(笑)。でも、やっぱり聞いておいてよかったかな。でないと、サイボーグ・フェミニズムと意識しないまま、ボケーっと見ることになっていたかも。永瀬唯さんもお誘いしたがったです。彼、バーナード・ウルフの『リンボ』というサイボーグSFについて『肉体のヌートピア――ロボット、パワード・スーツ、サイボーグの考古学』(青弓社)にくわしい記述を残しているし。最初に大がかりに地雷が使われた戦争は、南北戦争なんですが、あの戦争は義手義足がものすごく普及した戦争でもあったんですよ。
 いちばん気になったのは、やっぱり『イノセンス』との関連性ですね。サイボーグ・フェミニズムとしても、左翼的な考え方としても両者はかなり接近遭遇していることに気がつき……これは近々書くつもりです。
 対談のほうは、アメリカ文学者ならではの展開でしたね(笑)。坂手さんが協力したリアン・イングルスルード演出の『白鯨』の話を起点に、アメリカの深層意識への関心といった話題から始めて、地雷の時代の意識へと比較検討にはいるという流れがあって、エキサイティングでしたよ。地雷テーマが現在のイラク派兵反対・ひいてはアメリカの参戦反対へとつながるモチーフだという指摘から、やはりこの問題の背後にはアメリカ論が見えてくる。最初は、なんでメルヴィルなの? と思ったわたしでしたが、最後はグローバリズムアメリカ論できれいにまとまった。かつて、坂手さんが『白鯨』をとりあげた理由もようやく理解できました(ずっと疑問だったのです)。あらためて、アメリカを語るのに『白鯨』ってやっぱり重要な作品なのか、という認識に到達できましたね。
 それにしても、昨年、読売文学賞を受賞した『屋根裏』は、心のやすらぎのために「屋根裏キット」を販売する、というすごいネタ。引きこもりオタ必見ということで、斉藤環さんをお誘いし、彼も楽しんだみたいですが、なにしろ梅ヶ丘BOXという会場はせまくて息苦しいのを逆に利点にしちゃった戯曲ですから、演出効果抜群だったそうです。閉所恐怖症の方にはつらかったかも。でも、今回は下北沢のスズナリなので、もすこしゆったり観ることができました(笑)。3 月7日までやっている、ということなので、ふだんからすかしているヒトも、えぐるような反戦ギャグと、地獄の笑いのものすごさをぜひ、体験していただきたいですね。

2/28/2004